グルジアがジョージアに、ロシアに対する顔色伺いも限界か

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グルジア国旗

flickr_George Mel

グルジア共和国の表記が変更される見通しであるのが分かった。

英語発音に近いジョージア

読売新聞の報道によると、ロシアとトルコに挟まれた国「グルジア」の国名表記を「ジョージア」に変更する方針を固めたとのこと。

来日を予定しているギオルギ・マルグヴェラシヴィリ大統領の要請に応えるものとしている。

グルジアの歴史

近代以降に限ると、同地域はロシア帝国の一部だった。ロシア帝国が崩壊後、一時的に独立を宣言したものの、軍事侵攻もあり、ソビエト連邦の加盟国となっていた。

しかしソ連が政治的、経済的に行きづまりを見せると、1991年に独立を宣言し、相前後してグルジア共和国と改名している。

独立以降、ロシアと対立関係が続いている同国は、ロシア語の発音に近いグルジアではなく、英語の発音に近いジョージアとするよう各国に働きかけている。

日本の態度は

2009年、同国のグリゴル・ヴァシャッゼ外務大臣が来日、当時の中曽根弘文外務大臣と会談し、国名の呼び方を変更するように要請したものの、スムーズには行かなかった。

今回の読売新聞の報道によると「日本政府はこれ(大統領の要請)を受けて必要な法改正を検討する」とある。かつての要請に対しては、法改正の必要があるとして難色を示していたようだ。

法改正とは?

報道では具体的に改正する法律について触れていないが、1990年の本会議で「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律」が改正された。

そこでは「本案は、 第一に、国名の変更に伴い、『在ビルマ日本国大使館』の名称を『在ミャンマー日本国大使館』に改めること」とある。どうやらこの辺りが改正する法律のようだ。

これは当時のビルマを支配していた軍事政権である国家法秩序回復評議会からの要請によるもので、法改正に先んじて外務省は1989年7月に「ビルマ」から「ミャンマー」に変更する旨を発表している。

対応に1年と5年の差

「あれ?簡単にできるじゃない?」と思った人がほとんどだろう。

「ビルマ」から「ミャンマー」は法改正も含めて1年足らずで行われ、「グルジア」から「ジョージア」は5年以上もかかっている。

国際的には、むしろ「グルジア」から「ジョージア」の方がスムーズに行われ、軍事政権が強引に行った「ビルマ」から「ミャンマー」への変更を忌避している場合が少なくない。

日本としては、グルジアではロシア(ソ連)の顔色を伺い、ビルマでは実質的に力を持っている軍事政権の意向に従ったと言うことだろうか。

それはそれで1つの方策だろうが、もう少し上手くやってこその外交だと思うのだが。

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