くも膜下出血で恋人を亡くした浅野ゆう子の、まるで男運のない女優人生とは

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浅野ゆう子オフィシャルウェブサイト

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俳優の田宮五郎さんが6日に亡くなっていたことが10日、分かった。

田宮五郎、享年47歳

五郎さんは映画「白い巨塔」や「クイズタイムショック」の司会などで知られる俳優の故田宮二郎さんの次男。関係者によると、田宮さんは2日にくも膜下出血で倒れ、都内の病院に入院。6日未明に息を引き取った。すでに密葬は済ませているという。享年47歳。

五郎さんは2012年4月12日、くも膜下出血によって自宅で倒れ、同13日に8時間に及ぶ手術を受けた。一時は昏睡状態に陥ったが、リハビリができるまでに回復、同年7月にリハビリ専門病院に転院、12月に退院した。

最期を看取った浅野

五郎さんは元気な様子で「俳優として復帰したい」と仕事への意欲を語っていたという。最期を看取ったのは、女優の浅野ゆう子(54)だった。

2012年6月、女性週刊誌によって7歳年上の浅野と田宮の熱愛がスクープされる。報道後、浅野は「私の良き理解者である田宮さんは今、『生きていきたい』と前向きに信念を持ち、懸命に病と闘っております」と闘病中の恋人を気遣うコメントを発表した。

2人は7年前から極秘交際をスタート。6年前に浅野が購入した2億円のペントハウスで同棲を続けていた。ゆくゆくは結婚という話も出たが、突然の病気によって状況は一変する。浅野は仕事場と病院の往復でくたくたになりながらも、献身的に看病を続けた。

危険なくも膜下出血

「つくづく男運のない女優」と語るのは、芸能リポーター。「退院後は浅野の自宅で療養生活を続けていた。だが、くも膜下出血で全快できるのは約3分の1。3分の1は即死か寝たきり、3分の1は後遺症が残る。五郎さんは左半身に麻痺が残り、足を引きずり、杖をついてようやく歩けるような状態。

そのうえ脳にダメージを受け、感情の抑制が利かなくなっており、周囲に当り散らすことも増えていたようです。身長185センチ、がっしりした体格のスポーツマンの介護は、心身ともに本当に大変だったと思いますよ。浅野は仕事を続けながらだから、なおさらでしょう」

デビュー40周年だった

浅野は1974年に「とびだせ初恋」で歌手デビュー。刑事ドラマ「太陽にほえろ!」(日本テレビ)でレギュラー出演するなどしたが、伸び悩んでしまう。日本人離れしたプロポーションでもてはやされ、仕事よりも浮名を流した男の数の多さで知られるように。

元巨人軍の投手・定岡正二、国広富之、松崎しげる、柳葉敏郎、名高達男、唐沢寿明、グアム在住の資産家御曹司、明石家さんま、風間トオル、妻子持ちのマネジャーと様々な男の名前があがっては消えた。

「最初の頃は男に免役がないから、プレイボーイに声かけられては、本気になり、捨てられるの繰り返し。定岡とは『野球で食べられなくなったら、自分が食べさせてあげる』とタンカを切ったが、結局逃げられてしまった。

大手芸能プロから独立した際、一緒に事務所を辞めた妻子持ちのマネジャーとの腐れ縁が続いていたが、自分から身を引いた。だめんず好きで全身全霊で尽くしてしまう癖が抜けず、入れあげては逃げられるを繰り返していた。

資産家御曹司との結婚話も消えた

最後の結婚報道は38歳の時。リゾートホテルを経営する一族の生まれで、父親は元高級官僚というグアム在住の資産家御曹司だった。結局、結婚には縁がなかった」(芸能ライター)
ようやく探し当てた白馬に乗った王子様が田宮だったわけだ。だが、田宮は役者としては思うように売れず、浅野が経営していた眼鏡ショップの店長をしていたという話もある。

浅野の公式ブログは11月1日の更新を最後にストップしたまま。無類の読書家で知られ、与謝野晶子による現代語訳の「源氏物語」を読み進めていて、読了した折には原文に挑戦しようと楽しげにつづっていた。最愛の男に死なれた悲しみの日々を何で癒しているのだろうか。

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