「貴りえ」破局の黒幕は美川憲一だった!本人が明かす

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1992年、当時人気絶頂の女性タレントだった宮沢りえと関脇貴花田(現貴乃花親方)との婚約が突如発表された。「世紀のカップル」とまで言われた2人は、大きな話題となった。

幸せの絶頂と言われた両者だが、2ヶ月後に婚約解消を発表する。その理由については、様々な憶測が飛んでいるが、はっきりとしたことは今でも判っていない。

美川憲一が婚約を「ぶっ壊した」と告白

2人はその後別々の道を歩き、宮沢りえは女優として成功し、貴花田は稽古稽古夜も稽古で、平成の大横綱へと登り詰めた。最近は、「貴りえ」を知らない若者も多いだろう。

そんな貴りえ破局の真実を、意外な人物が告白した。一部で破局の原因と噂され、先日亡くなられた宮沢りえの母光子さんと親しかったと言う美川憲一である。

美川は5日に放送された読売テレビの「上沼・高田のクギズケ」に出演し、「貴りえは私がぶち壊した」と語った。母光子さんから「相撲界に入りおかみさんになるのはありえない」と言われ、「壊すことを頼まれた」そうで、宮沢りえに電話を入れ、結婚しないよう説得したと言う。

結局、説得から数カ月後、婚約解消と相成った。

ネットユーザーから賛否両論

宮沢光子さんが亡くなられた事もあり、今回の告白になったと思われるが、ネットユーザーからは「なぜこの時期に」、「最後まで黙っているべきだった」など、「売名行為か?」など様々な声が挙がっている。

このタイミングで裏話を暴露した美川憲一の真意は測りかねる。ともかく、貴乃花と宮沢りえがそれぞれ成功し、現在も活躍していることだけが救いだ。

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