「見殺しにしないで…」太宰治が“芥川賞”を懇願した4メートルの手紙が発見される

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太宰治が芥川賞の選考委員に受賞を懇願した手紙が発見された。

太宰が出した3通の手紙が発見

芥川賞の選考委員を務めていた文壇の重鎮「佐藤春夫」の遺族が保管していた資料の中から、太宰が佐藤に宛てて書いた手紙が発見された。

そのうち1通は、4メートル余りもの巻紙にしたためられた長い手紙だった。

「私を忘れないで」と選考委員に懇願

発見された長さ4メートルの手紙は、昭和11年1月の日付。手紙には、昨年の第一回芥川賞で候補になりながらも受賞しなかったことへの嘆きや、次のような受賞への懇願が綴られていた。

こんどの芥川賞も私のまへを素通りするやうでございましたなら、私は再び五里霧中にさまよはなければなりません。佐藤さん、私を忘れないで下さい。私を見殺しにしないで下さい。いまは、いのちをおまかせ申しあげます

太宰が芥川賞の受賞を懇願する手紙はこれまでにも見つかっているが、今回の手紙で熱望する様子がさらに明らかになった。

芥川賞を熱望

太宰治は芥川賞を熱望し、佐藤春夫や川端康成ら選考委員に何度も受賞を懇願する手紙を出したという。

また、落選した第一回芥川賞で川端康成が太宰の作品を「作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざるの憾みがあった」と選評したのに対し、「刺す。そうも思った」という文章を発表。

さらに、あたかも受賞を約束するような言動をしたとして佐藤春夫のことを批判した。

ネット上には「太宰が可哀想」という声が続々

芥川賞を懇願する4メートルの手紙が発見されたという報道に、ネット上には多くの反響がよせられている。


「文学的には貴重な資料なのだろうけど、公表されるのは可哀想だ」という声が複数みられた。

なぜこんなにも熱望したのか?

太宰治は、なぜこれほどまで芥川賞を熱望していたのだろうか?

手紙を発見した実践女子大学の河野准教授はこのような見方を示している。

賞を取って実家からの信用を得たかった。また、経済的な穴埋めもしたかった。文壇で思うように活躍できず、どん底だった彼は佐藤春夫にすがった

また、太宰が敬愛する「芥川龍之介」の名前が付いた賞だというのも、熱望の大きな理由だとも考えられている。

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