安西ひろこ、空白の13年”地獄の闘病生活”を経て「復帰します!」

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安西ひろこ オフィシャルブログ

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1日放送の日本テレビ『解決!ナイナイアンサー2時間SP』に、2001年に突然、芸能界から姿を消した安西ひろこが登場。13年に及んだ”地獄の闘病生活”について語った。

人気絶頂の2001年、表舞台から消えた安西

1990年代後半、カリスマモデルとしてブレイクした安西。当時はほとんど休みがなく、撮影、バラエティ収録をこなしていたという。
 2001年、超多忙スケジュールにくわえ、結婚を考えていた男性との破局で心労が重なった安西は、ドラマの撮影現場で待ち時間に倒れてしまった。
 病院に運ばれた安西に医師が告げた病名は「パニック障害」だった。強いストレスや多大なプレッシャーから発症するといわれるパニック障害。安西はドクターストップにより休業することになった。

パニック障害で部屋から出られず…

実家へ戻った安西は、「仕事に自分のすべてをかけていたので、それがなくなってしまった空虚感」から、食事がとれなくなり体重は30キロ台まで激減。ついには部屋から1歩も出られなくなってしまったという。
「時々、ヘンな声が聞こえてくる『いいじゃない、死んじゃいなよ』とか」動悸、呼吸困難に加え、いいしれぬ恐怖感と不安によるパニック発作を起こす症状により、安西はトイレにも行けず「汚い話ですけど、尿とか便を垂れ流している状態。動けなかった」と辛い日々を振り返った。

そんな安西の部屋を掃除し、食事を作り献身的に世話をしてくれたのが母・美智子さんだった。母の手助けにより、発症から3年目、外に出る練習をする程度まで回復した安西は、2駅先にある母の仕事場まで1人で辿り着くのを目標に、外へ出る練習を始めた。

「人がいると怖くなったりする。あまり人がいない時間に出たり、人のいない道に出たり。めまいがしちゃうので、辛くなったらしゃがんで、また歩いたりしゃがんだり。その繰り返しで」見慣れた景色のすべてが「一歩一歩越えなきゃいけない壁」に見えたと語る安西。通常なら5分の駅までの道のりを1時間かけて必死に歩いたそうだ。

「電車に乗れない」2駅だけでも恐怖!

さらに、駅から電車に乗ることが「試練」だったそうで、エスカレーターや人が怖く、電車に乗っても「自分が死んじゃうんじゃないかという恐怖感が襲って来る。どこにいていいか分からない」状態だったという。
「初めて電車に乗れた時は、1駅でもすごい嬉しかったですねぇ」と笑顔を見せた安西。
 しかし「この前は乗れたのに、今日はなんでダメなんだろう」と症状はまさに一進一退で、途中下車を繰り返す毎日だったそう。そんな安西を、母は職場で待ち続けた。

安西が初めて母の職場に辿り着いたのは、2005年。電車に乗れるようになってから2年、パニック障害発症から5年が経っていた。

「安西さんですよね?」有名人ならではの苦労

「人とコミュニケーションを取ること」を次の目標にした安西は、なじみの洋服店で体調のいい日だけアルバイトさせてもらい、慣れてくると夜は飲食店でアルバイトを始めた。
 しかし、店を訪れた客が安西に気づき声をかけてくることもあったそう。
「『安西さんですよね?すごく好きだったんです。Vivi見てました』って言われた時に、冷汗が止まらなくなって、どうしよう、どうしようってそのまま逃げちゃったこともある。それが一番つらかったです。今はちょっと、放っておいて欲しいって時もあって」と、芸能人ならではの苦労を語った。

「辛いなと思ったけど、小さい部屋で何も出来なかった時よりはマシだって思いながら、一歩一歩頑張りました」
 辛さを乗りこえ、前を向き続けた安西は2008年、モデルとして雑誌に復帰。バラエティに出演し元気な姿を披露したものの、「自分のキャパシティーがわからず、無理してしまった」ため、数ヶ月で再び療養生活へ。

「同じ病気だった」母が過去を初告白

落ち込む安西に母・美智子さんは自らの過去を告白した。実は、美智子さんも安西と同じ「パニック障害」に悩んだ過去があったのだ。美智子さんは、長女(安西の姉)の育児中に倒れたが、当時「パニック障害」がまだ認知されておらず、周囲からは「ズボラ病」と陰口を叩かれ、母親失格の烙印を押され苦悩したという。
「母も言うか言わないか迷ったと思うんですけど。早く復活して欲しいという思いから、話してくれたんだと思うんですよね」

そして、闘病から13年、安西はついに病気を克服した。
「私、今35歳なんですけど。当時、何も言わないで、お休みしてしまった。今でもファンでいてくださる皆さんに復帰して喜んで頂ければいいなと思います。…やっぱり怖かったりはしますよね」

心屋のアドバイス「我慢しなくていい」

心理カウンセラー・心屋仁之助は、小さい頃から病気がちで「母に迷惑をかけたくない」という思いが強く、母が幸せそうに見えなかった安西は「私が母を幸せにしなきゃ」という思いが強過ぎる。そのため「私は頑張らないと嫌われる人、頑張らないとここにいてはいけない人」と自分を追い込み、ガマンすることを覚えてしまっていると指摘。隠していた本心をお母さんに伝えることが必要だとアドバイスした。

「復帰します!」スタジオで宣言

安西は、母へ電話をかけ「ママの大変さを見ているうちに、知らず知らず我慢を覚えて、甘えることが出来なくなっていた。自分で壁を作っていた」と涙まじりに語った。
安西「ママはあの頃、小さい頃幸せだった?」
母「うん、幸せだったよ。だって、まきちゃん(姉)とひろちゃんと2人、すごく大切なもの、お宝がいたんだもの。その2人がいたことが何よりも幸せよ」
安西「私がね、ママの知らないところでそういうふうに思っててゴメンね」
母「なに言ってんの、大丈夫だよ~。ちゃんと言ってくれて本当によかったよ、ね?」

母に自分の気持ちを伝えた安西は、スタジオに登場。現在は薬も飲まず体調も万全で、電車で来たことを告白した。
 そして、「復帰します!この番組で宣伝しようと」と宣言。今後の活躍に注目したい。

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