3.11で報道されなかった“もう一つの被災地” 長野県栄村の今

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栄村の倒壊した公民館

東日本大震災からまもなく5年。

「3.11」について多くのメディアが継続的に特集を組む一方、その翌日に長野と新潟の県境で発生した、名もなき震災は広く知られていません。

気象庁による正式な命名がなかった大地震。

最大震度6強を記録した長野県下水内郡の栄村(さかえむら)の当時を振り返ります。

震災前の栄村 出典元:栄村ホームページ

東日本大震災から13時間後の激震

長野県最北端に位置する栄村は、人口約2300人(当時)、山あいの豪雪地帯にある農林・畜産を基幹産業とする自然豊かな村です。

東北地方太平洋沖地震から約13時間後、2011年3月12日午前3時59分、マグニチュード6.7、震度6強の衝撃が村を襲います。

さらに、同5時42分までのわずか2時間ほどで、震度6弱を観測する2回の強い余震に見舞われました。

栄村の倒壊した住宅

倒壊した住宅群(2011年3月13日撮影)

のちに長野県北部地震(別名:栄村震災、新潟・長野県境地震など)と通称される大地震。

同村では3人が犠牲(災害関連死)になったほか、計3回の強い揺れで住家694棟、非住家1048棟が損壊、雪崩や土砂崩れで3集落が一時孤立するなど甚大な被害が出ました。

栄村の土砂崩れ

長野県北部地震による土砂崩れ(2011年6月8日撮影)

農林・畜産業も大打撃を受けました。

畜舎の倒壊などに伴い、村で唯一の養豚・酪農家が廃業。 同村の農業生産額のトップを占めたキノコ栽培は、栽培ビンの大量破損などで多くの農家が再建を断念、震災前の約半数にまで激減しました。

高さ2メートル余りの雪が覆っていた田畑も、4月の雪解けとともに地割れなどの惨状が明らかになります。

栄村の倒壊した住宅群

村道に倒壊した住宅(2011年3月13日撮影)

線路下が崩落したJR飯山線

線路下が崩落したJR飯山線(2011年3月13日撮影)

気象庁は名付けず

気象庁ホームページによると、命名の考え方として「顕著な災害を起こした自然現象」について、情報共有の円滑化や後世に教訓を引き継ぐことを目的としています。

長野県北部地震は、陸域でのマグニチュードの値といった目安となる基準に達しないとして正式には命名しませんでした。

なお、同庁の推定震度分布図によると、県境付近の広い範囲で震度7相当の揺れがあったと推測しています。

長野県北部地震気象庁震度分布図

出典元:気象庁ホームページ

東北地方太平洋沖地震が誘発した可能性も

長野県北部地震については、前日の東北地方太平洋沖地震による誘発の可能性が指摘されています。

同村発行の震災記録集「絆」に掲載された学説よると、太平洋沖の巨大地震により、東日本の大部分が震源地のある東の方角に引っ張られるように移動。

移動した地域の周りで、土地が動いた部分と動かなかった部分に差が生じ、長野県北部地震や3月15日の静岡県東部地震を引き起こしたとみられています。

記録集では詳しくメカニズムを解説しています。

あれからの5年、2016年の栄村

2016年現在、村役場によると、村内は公共施設の再建や道路整備、農地回復などの工事が進み、一部を除きインフラ面での復旧はほぼ完了。住民たちは震災前と変わらない生活水準を取り戻しています。

12年7月には長年の姉妹都市である東京都武蔵村山市にアンテナショップを設置。

14年12月には栄村に隣接し、同じく被災した新潟県津南町とともに、美しい自然が広がる苗場山麓地域について日本ジオパークの認定を受けました。

このほか、新たな産直施設がオープンしたり、震災後に唯一残った畜産農家が規模の拡大に取り組んだりするなど、村内は活気づいています。

栄村直売所2

栄村農産物販売所かたくり

被災状況や復旧の過程をまとめた栄村地震記録集「絆」は、同村公式ホームページで公開しています。

日本中が未曾有の津波被害と福島第一原発事故の続報を注視した2011年3月、栄村の震災は、詳細に報道されませんでした。

5年が経過するのを前に、震災に遭いそして乗り越えた長野県の村があることを多くの人に知ってほしいと思います。

栄村では、3月12日(土)午後5時半から、JR森宮野原駅の駐車場で震災復興イベント「灯明祭」を開き、村民たちがろうそくを灯して復興への祈りをささげます。

※記事中の写真及び記録集のリンクは、栄村より許可を得て公式ホームページから引用しています。

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