「帰れない不安と戦った」関東も被災した5年前の「3.11」をTwitterの投稿で振り返る

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戦後初めて首都圏を襲った激震

きょうで東日本大震災から5年。

東北地方の被災地域をはじめ東日本各地で追悼行事が開かれ、本震が起きた午後2時46分に祈りを捧げた方も多いでしょう。

国土交通省の資料によると、東北地方太平洋沖地震は1923年の関東大震災以来、88年ぶりに首都圏のほぼ全域で強い揺れを観測した地震でした。

津波が押し寄せた茨城、千葉両県を中心に死者・行方不明者は計61人、負傷者1412人、全半壊した住宅は計1万1557棟に上ります。

出典元:国土交通省資料

出典元:国土交通省資料

戦後初めて首都圏を襲った激震。

多くの人がツイッターに2011年3月を思い起こす投稿をしました。関東で被災した人々は何を思い考えたのでしょうか。

東北の惨状に戦慄した

大きく長く揺れ。ニュースで震源地が遠く離れた宮城県沖と知り、人々は驚愕しました。

帰れない不安と戦った

当日は公共交通機関が麻痺し、首都圏全体で515万人(内閣府推計)の帰宅困難者があふれました。

計画停電に困惑

2日後の3月14日からは4週間余り、東京電力は管内で、都心部を除き、時間帯や地域を決めて輪番に電力供給を止める計画停電を実施しました。

発電所の被災による大規模停電を回避するためでした。

計画停電の初日は、被災していた茨城県沿岸で実施。東京電力は同県の要請を受け、以降、対象地域から除外しました。

それでも仕事に向かった

日本経済の中心地で、社会を動かし続けた人たちがいます。日本人らしい行動なのかもしれません。

 日常と家族のありがたさを知った。

同じように繰り返される日々が、実は貴重なものだったことを実感しました。

水や食料品の買い占めなど負の面ばかりが強調されがちな関東でしたが、地震によって生活に支障をきたしたという点では被災地だったと言えます。

東北の震災の記憶を風化させないことも重要ですが、戦後初の大地震を経験した関東の人々の記憶も忘れないようにしたいものです。

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