ノーベル文学賞にノミネートされるペーター・ハントケの不満

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Peter Handke/Facebook

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今度こそ村上春樹氏の受賞なるか、と日本でも騒がれた今年度のノーベル文学賞。結局フランスの作家パトリック・モディアノ氏に授与されることとなった。周知のように同賞は世界で最大の話題をさらう文学関係イベントであるが、これに不満を投げかけるオーストリアの作家がいる。

戦後ドイツ語文学界の寵児にしてノーベル賞候補

ペーター・ハントケの名は、映画『ベルリン・天使の詩』の脚本家、といえば通りがよいかもしれない。が、本来は戯曲や小説といった形式で数多くの問題作を著し評価を得てきた戦後ドイツ文学を代表する作家の一人だ。そしてイギリスの賭け屋ラドブロークスによるノーベル文学賞受賞者予想オッズでも今回8位の評価を得ていたように、同賞の有力候補でもある。

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 そのハントケ氏、本人は受賞を逃したものの、授与されたモディアノ氏を「比類のない作品を著す、まことに注目すべき作家」と讃える。それもそのはず、すでに1980年代より自身モディアノ作品を高く評価し、小説『ある青春』のドイツ語訳も行っているのだから。

「ノーベル賞はもう廃止すべき」

だがその一方、自身も未だ有力候補であるノーベル文学賞に対しては、その存在意義に疑問を投げかける。オーストリアのディー・プレッセ紙によれば16日、文学に「誤った列聖化」をもたらすもの、と氏は同賞を公然と非難、「ノーベル賞はもう廃止すべきでしょう」とまで述べている。ノーベル文学賞は一時期マスコミを大きく賑わせる。が、「読むこと」に寄与するものではない、というのだ。

氏を憤慨させる点は、正確に言えば文学賞そのものよりそれを巡るマスコミの振る舞いにある。話は遡って1990年代、ユーゴスラビア紛争のさなかのこと。紛争の実態を世に問うため、ハントケ氏は自らこれに取材した紀行文を発表する。だがその書がNATOの軍事介入に批判的、親セルビア的であるということで、マスコミによる集中砲火を招いてしまう。

ハントケ氏が態度を変えなかったため、非難の矛先は氏に授与される文学賞にまで及ぶことに。抗議として氏は1999年には1973年に授与されたビューヒナー賞の賞金を自ら返上、さらに2006年にはデュッセルドルフ市によるハインリヒ・ハイネ賞の授与を辞退する。

そして先月、オスロで行われた国際イプセン賞の授賞式ではハントケ氏の受賞に抗議するデモが押し寄せ、氏をファシストであると弾劾。賞は受け取るものの賞金250万ノルウェークローネ(約4000万円)の一部はコソボの子供用水泳場を作るため寄付、残りはノルウェーに返還、というのが氏の意向だとのこと。

書くことの「真摯さ」を守るために

こうした抗議運動、そして何よりその背後にある無知なマスコミの扇動は「書くことの真摯さ(Ernsthaftigkeit)への侮辱」に他ならぬ、と憤るハントケ氏。ドイツ語圏ではいわゆる「純文学」のことを「真摯な(ernst)文学」と呼ぶ。

ノーベル文学賞を始めとする世の文学賞、ひいては文学界そのものがマスコミとの結託により悪しき大衆化に陥ってしまえば、文学やジャーナリズムが本来担うべき真摯な問いかけも忘れ去られかねない。ハントケ氏の行動と発言はこうした状況に一石を投じるものとして今後も注目されていくべきだろう。

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