学校授業を哲学の場に!オーストリアの研究所による「子ども哲学」実践の試み

Text by

  • 1
Kanal3 Graz/YouTube

Kanal3 Graz/YouTube

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、哲学の始まりは「驚き」にある、と述べた。人間と世界を巡る一見単純な事実を不思議と思い、その疑問にこだわりぬく子どものような関心こそが、生き生きとした哲学的思索を呼び起こす源となるのだ。

では、実際に子どもたちを哲学へと導くことは教育の場で可能だろうか? オーストリアで子どもたちに「哲学すること」を教える女性哲学者ダニエラ・G・カムヒー氏がデア・スタンダード紙に答えたインタビューは、その実践例の紹介として示唆に富んだものである。

学校の授業を借りて、子どもたちと哲学を実践

オーストリア・グラーツにある、子ども・青少年哲学研究所。1985年設立のこの機関は、学校教育と連携して子どもたちを哲学の実践へ導くことを目指す。そうした機関としてはヨーロッパ初の設置であり、また現在でもドイツ語圏唯一のものである。カムヒー氏はその代表として、子どもたちが自ら考える者となるための哲学教育の導入を試みる。

この子ども哲学研究所が「哲学」の場とするのは、主に幼稚園以上の一般学級。オーストリアの学校では低学年に「哲学」の科目は無いので、他の授業の一コマを借りることになる。例えば国語(ドイツ語)の授業。週一回の授業で、言葉の様々な用い方や「概念」としての規定のありかたを言語哲学的視点から考えさせる。移民の子が多いクラスでは特に議論が膨らみ効果的だ。

「哲学」という独立した科目は特に必要ではないだろう、というのがカムヒー氏の意見。むしろ既存の各科目の授業で哲学的問いを投げかけることが重要なのだ。例えば算数の授業で「<数>ってそもそも何だろう?」と教師が問いかければ、それは子どもたちの知的好奇心を開く。

子どもたちは哲学的問いでいっぱい

では子どもの哲学と大人の哲学の違いは何なのか? 氏の答えは、「哲学者たちはいつも具体例を探し求めますが、子どもたちは具体例を与えてくれます」。例えばお絵かきの時間に皆で家族を描いているとき、ある子どもが「パパはもう死んじゃったけど、この絵に入ってもいいの?」と問いかける。ここから「死」という主題について議論と考察が始まる。子どもたちから発するテーマはその他、時間、無限、平等、友情、秘密と様々だ。

幼少教育への哲学導入の動機には、子どもたちは過小評価されている、という危惧がある。子どもたちは本来は好奇心にあふれ、色んなことに驚きを得たいと望んでいるのに、親や学校がその芽を摘み取ってしまうことが往々なのだ。哲学の問いに目覚めすすんで口にすることは、子どもたちに自信をもたらす。親はそうした子どもたちの問いかけに感銘を受け、教師は子どもたちの成績より人格を認めるようになる。

Kanal3 Graz/YouTube


子ども哲学研究所が目指すもの

開かれた問いの交し合いによって、全ての子どもたちに自信を持たせること。これは子ども哲学研究所の目標の一つである。ただしその論議は勝ち負けを競うものではない。最も優れた見解を示したものが勝者になるのではなく、助け合うことで皆で一つの認識に至ろうとすることが肝要なのだ。子どもたちが一つの概念を見つけるのに互いに助け合う様子はいつだって素敵なもの、と氏は感嘆を隠さない。

研究所がもう一つの目標として挙げるのは、子どもたちを世間に開かれた人間になるよう導くこと。他の子どもと自分の考えがなぜ異なるか考え、その違いを根拠付ける訓練を積むことで、異文化と自文化の間にも開かれた関係を結ぶことに積極的になる。これは民主主義の礎となる教育実践といえよう。

授業で哲学することを知った子どもたちは、うちに帰ってからも質問をたくさん投げかけるようになる。そのため研究所は保護者に対しても、子どもたちのためにより多く時間を割くよう協力を要請しているという。だが幸いにして親の多くは子どもたちからの頻繁な問いかけをむしろ歓迎。「ママはふだん色つきで考えてる? それとも白黒?」なんて坊やの質問に驚きと喜びを覚えているようだ。

Posted: |Updated:

Text by

注目の記事

前の記事を見る

次の記事を見る

Ranking