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35年ぶりの発見!石原プロモーションに社歌があった!

石原プロモーション

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石原裕次郎氏が1963年に理想の映画を制作するために設立した芸能事務所、石原プロモーション。「太平洋ひとりぼっち」や「黒部の太陽」などの映画を制作するもののヒットに恵まれず、借金を抱え、倒産の危機を迎える。

石原プロは映画の制作を休止し、「大都会」、「西部警察」などのアクションテレビドラマで復活を果たし、現在に至っている。大都会、西部警察で主演した渡哲也氏は、大ヒットドラマ西部警察には、あまり乗り気ではなかったようだ。

その理由は石原裕次郎氏も渡哲也氏も、「映画を作りたい」と思っていたからだ。渡哲也氏は、西部警察は自分の俳優人生にとっては良くなかった、と話している。裕次郎氏の死去で、残念ながら2人の夢を実現させることは出来なかった。

社歌の存在は社員も知らなかった

そんな石原プロモーションに社歌があるらしい。その噂は「都市伝説」レベルであったと言う。大企業になると社歌があるのは当たり前で、代表的な社歌となると、三菱系列の「三菱讃歌」やNTT系列の「日々新しく」などがある。

石原プロモーションの場合、社歌を作る必要性も感じられず、社員の間でも「昔あったらしい」ぐらいの認識だったようだ。しかし、幻の社歌は確かに存在していた。1978年5月に石原裕次郎氏が作詞家のなかにし礼氏と作曲家の羽田健太郎氏に西部警察用の歌と共に、石原プロモーション社歌を発注していたのだ。

しかし石原裕次郎氏は体調を崩し、入院。社歌の話は立ち消えになったものと思われていた。譜面もどこに行ったかわからなくなったそうだ。

石原家から35年ぶりに譜面が発見される

ところが昨年、突如その譜面が姿を表したのである。社史の制作のため、部屋を整理していたところ、石原まき子夫人が段ボールの中にひっそりと置いてある譜面を発見したそうだ。その後、なかにし礼氏などが中心となり、舘ひろしがこの曲を歌う事になったのである。さらにこの社歌は無料配信される予定だ。

35年ぶりに日の目を見た社歌とはどんなものなのか。芸能関係者、ファンが注目している。石原プロモーションは2011年に渡哲也社長、小林正彦専務、舘ひろし取締役などが全て辞任し、現在社長は空位である。このことから、結束力が揺らいでいるのではと言う指摘もある。裕次郎氏肝いりの社歌で再び鉄の結束を築き上げる事が出来るだろうか。

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