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「マッチ」業界の現状は?最大手の事業撤退に衝撃が広がる

fotolia

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家庭用マッチの国内最大手メーカーがマッチ製造販売から撤退することを発表し、衝撃が広がっている。

2017年3月31日で撤退

「象印」や「燕印」、「桃印」などの家庭用マッチで知られる兼松日産農林株式会社は27日、2017年3月31日でマッチの製造販売事業から撤退すると発表した。

需要の急減に加え、機械が老朽化して故障が頻発しており、将来的に安定供給が難しくなる恐れがあることから事業継続を断念したという。

100年を超える歴史

日本でマッチの製造販売が始まったのは明治時代。

兼松日産農林のマッチ生産拠点となっている兵庫県淡路島の工場は明治38年(1905年)創業で、その歴史は100年を超える。

同社は昭和14年(1939年)からマッチ事業を始め、ピーク時には国内に数10か所の工場を持っていた。

商標は別のメーカーに譲渡

しかし、使い捨てライターの登場や自動点火コンロの普及でマッチの需要が急減し、現在は淡路工場の1ラインを残すのみに。

今年3月の売上高は1億8500万円、売上総利益は3100万円。関連従業員は嘱託やパートを含めて18名。

「桃印」や「燕印」「象印」などの商標は兵庫県の別のマッチメーカーに譲渡し、商標付きマッチは継続販売されるという。

ネット上には「これも時代」という声

家庭用マッチの国内トップシェアを維持してきたメーカーがマッチ事業からの撤退を発表したことを受けて、ネット上には反響が殺到。

惜しむ声が多いが、「時代の流れなのでどうしようもない」という意見もちらほら見かけた。

マッチ代替品が続々と登場

マッチはかつて火をつける役目だけでなく、企業の販促品としても頻繁に使われていた。

しかし、昭和51年(1976年)頃からライターなど代替品が出現し、販促品として使われていた「広告マッチ」もポケットティッシュなどに置き換えられるように。

近年は喫煙率の減少や仏壇ろうそくのLED化など、マッチを使うシーンがどんどん減っている。

総生産量79万トン→3万トン

日本におけるマッチ生産量は昭和48年(1973年)に戦後最大の約79万トンに達したが、その後減少の一途をたどり、平成16年(2004年)には約3万トンに。

また、EUで平成9年(1997年)から日本からの輸出マッチに対するダンピング課税が実施され、海外への輸出量も減少。

マッチメーカーはティッシュや印刷、食品などに経営を多角化して生き残りにかけている現状だという。

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