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好きを仕事に、酒を世界に─30歳からキャリアチェンジに成功した人の仕事観│日本酒ベンチャー・古川理恵さん

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

好きなことで、生きていく。

2016年に大手動画共有サイトが打ち出したフレーズは、個人の生き方を重視する現代を表す言葉としてすっかり定着した。この数年はフリーランスや副業、複業といった新しい働き方を提唱する言葉がメディアで躍る。

今回紹介する会社員・古川理恵さん(35)もまた「好きなこと」を仕事にした一人。

現在、日本酒メディア「SAKE TIMES」運営や高級日本酒ブランド「SAKE100(サケハンドレッド)」を展開するスタートアップ企業・株式会社Clear(東京都渋谷区)でグローバルマネージャーを務める。

「会社に所属することで、世の中に与えられる影響範囲が大きいと思った」と話す古川さんは、どんなキャリアを歩んできたのだろうか。

外資系コンサルの花形プロジェクトは面白くなかった

宮城県仙台市出身の古川さんは2008年、新卒で外資系大手のITコンサルティング会社に入社した。

高校時代に1年間アメリカに留学した経験をきっかけに、大学では国際社会学を専攻。旺盛な好奇心もあって、世界中を飛び回った学生生活だったという。就職活動でコンサルティング会社を選んだのも、色んな仕事の現場を見られると考えたからだった。

入社1年目からグローバルで注目される大規模なプロジェクト、2年目には大手IT企業の要件定義などを行ういわゆる“花形プロジェクト”の配属に。ITコンサルタントとして、順調なキャリアを滑り出していた。

でも、ちょっと面白くなかったんですよね(笑)

お客様のシステムをつくることに対して、そんなにコミットできなくて。システムをつくったら手を離れしてしまうから、システムの細部まであまり熱量を持って取り組めなかった。自社のサービスに関わりたいと思って、事業会社に転職しました。

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

結婚している想定だった30歳がキャリアの転機に

新天地ではWebサイトの運営責任者になり、Webシステムの要件定義や記事の企画、取材、執筆までを担う。「Webサイト面白いじゃん!」と仕事が楽しい充実した日々を送るうちに、気が付けば30歳の節目を迎えていた。

自分のキャリアプランの中では、30歳くらいで結婚している想定だったんですよ(笑)

前職の同期や大学の友達は、結婚して幸せに子供がいたり、自分の仕事や旦那さんの赴任で海外に行っていたりしていた。

私は高校生の時に留学したり、人生で迷ったら楽しいことをしよう、自分が気になることはどんどんチャレンジしようという精神で過ごしてきたのに、その時は他人のことを羨ましいと思っている自分に気が付いたんです。

『羨ましいんだったら自分も!』と思って、まずは海外に出ることにしました。

折りしも大手人材会社が、2カ月間の海外留学スカラシップを募集中。古川さんは面接でやる気をアピールし、倍率50倍の難関を突破して初期費用を手に入れる。豪シドニーでの本プログラム終了後も旅を続けて、人のつながりを得ながら地球を巡った。

好きなことをきちんと全力で

日本酒への専門性を高めたのは、日本を飛び出す直前のタイミングだ。もともと学生時代から好きだったが、仕事に余裕ができたこともあり「国際唎酒師」の資格を取得。海外留学の面接でも、会場に京都の地酒「玉川」を持ち込んだという。

しかし、その時点では「日本酒」を仕事にしようとは考えていなかったと振り返る。

ただ留学するのはもったいないと思ったんです。

そこで、2カ月の留学の後にバックパックで世界一周をしようと考え、道中では各国の酒蔵を巡って取材し、記事を書くことにしました。

半年にわたった旅が終わるころ、Facebookで偶然、今の会社のアルバイトの求人が目に入った。フィンランドから帰国し、わずか5日後に入社した。

コンサルタント時代はすごく忙しくて。その分年収も高かったんですが、それよりも好きなこと、本気で真剣に取り組めるものを仕事にしたいと思いましたね。

今は職種も業種も扱っている商材も、すべて自分の好きなものです。「私はこれを仕事にしている」と胸を張って言える。こんなにも自分が取り組みたいと思っていたものとバチっとはまる仕事って、他にないです。

30歳過ぎての退職や留学、海外放浪、フリーター…。今思えば、結構思い切ったキャリアチェンジでしたが、好きなことをきちんと全力でやっていたら本当に出会えるんだなと運命を感じましたね。

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

やりたいことが詰まった業務でもつらい時がある

現職のClear社に入ったのは2016年12月。社員3人の会社にアルバイトとして飛び込んだ。

その年の5月に開設された「SAKE TIMES International」という英語版メディアのディレクション(編集・運用)を入社当初から担当している。

当初は運用も定まりきっておらず、アクセスも低い状態。かけられるリソースも限られた状態で何から手をつけたらよいか、結構苦しみました。

私自身、1→10は得意なのですが、0→1は苦手な部分があり苦労しています。

海外に向けた事業で、日本酒で、ウェブのディレクションで、と、私の好きなこと・やりたいとずっと思ってたことがすべて詰まった業務でしたが、正直、悩みましたし苦しかったですね。会社としても業界としても英語版メディアの展開は、新しい挑戦で誰にもアドバイスを聞けなかった。

好きなことをやっているはずなのに、苦しい。そんなつらい状態を乗り越えられたのは、気の持ちようが大きかったという。

でも、やっぱり「楽しい」はすべての前提にありました。苦しかったけど、楽しかった。

一歩ずつ前に進めていくことで、今では右肩上がりで堅調にアクセスも増えています。

この成功以降、広報や人事、海外輸出と、会社としての新しい取組みの立ち上げを数多く担い、成長の土台を築いてきました。

取材を行う古川さん=提供:Clear

取材を行う古川さん(写真奥)=提供:Clear

会社は信頼できる仲間がいることが大きい

古川さんのほどの度胸と器用さがあれば、それこそフリーランスでも活躍の場は充分にあるのではないか。

たしかに日本酒業界で活躍されている方にはフリーで活動している方も多くて、私も刺激を受けています。

ただ、個人では周りに与える影響の範囲が限られるとも感じています。経験や知見が深くても、たった1人ではできることは限られてしまいます。

会社に属することで、スキルや時間、ネットワーク、資金力など、会社や仲間の力を借りて、何倍もの効果を生み出すことができます。

何より信頼できる仲間がいることはすごく大きいなと。難しい状況でも背中を押してくれたり、切磋琢磨して共に成長する仲間がいることで、私自身、3年間で大きく成長できました。

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

今年1月からはマネージャーに昇格した。従業員数も入社当時より倍に増えている。

スタートアップには、30人の壁、100人の壁、といった多くの企業が成長の過程でつまづくとされている壁があります。社員数が増えていくことで、社長や社員間の意思疎通が難しくなることなどで生まれる課題のひとつですが、マネージャーとして、今後、Clearが世界一の日本酒企業になっていく成長の礎になるような管理職になりたいですね。

日本酒の輸出は9年連続で伸びている。しかし、同じ食中酒であるフランス産ワインの輸出市場の1兆円規模に比較して、日本酒は222億円規模と小さいのが現状だ。同社はまだまだ市場に伸び代があるとみている。

グローバル市場に切り込む責任者として、自社のラグジュアリー日本酒ブランドの存在感を高めるために「苦しいことは覚悟のうえで、一歩ずつ着実に進めていく」と意気込む。

昨年6月には同社の「SAKE100(サケハンドレッド)」のフラッグシップ商品「百光」が、東京都で開かれたG20保健大臣会合のカンファレンスで乾杯酒に選出されており、確実に実績を積み上げている。

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

株式会社Clearの古川理恵さん=2020年1月、東京・渋谷

好きなことに打ち込む古川さんの目は、輝いている。

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Text by 漆舘たくみ

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