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不屈の魂を感じる…地震で倒壊しなかった熊本城「宇土櫓」が話題に

熊本城公式ホームページ

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14日に熊本県で発生した熊本地震では、死傷者や建物の損壊など多くの被害をもたらした。

倒壊しなかった「宇土櫓」

熊本を代表する存在の熊本城も屋根瓦や石垣が崩れるなどの被害があったが、その中でほぼ損害のなかった「宇土櫓(うとやぐら)」が話題になっている。

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熊本城は1607年、茶臼山と呼ばれた丘陵地に加藤清正が当時の最先端の技術と労力を投じて築城した。

築城当時の建物、石垣はほぼ無事

今回の地震では本丸の屋根瓦や石垣が崩壊した。

しかし、築城当時の部分はほぼ崩れていないという。

特に、建物、石垣ともに築城当時の宇土櫓はほぼ「無傷」だった。

ネット上では当時の技術を称賛する声が多く上がっている。

宇土櫓は、本丸の西北隅、20mの高石垣の上に建つ3層5階地下1階、地上約19mの櫓。

天守並みの構造と大きさを誇り、国の重要文化財にもなっている。

また「宇土」の名は、関ヶ原で滅んだ宇土の小西行長の家臣を清正が召し抱え、この一段に櫓を管理させたからではないかという。

築城の名手、加藤清正

加藤清正は築城の名手として知られ、特にその石垣には定評がある。

熊本城の石垣は、加藤清正が築城の際、近江から連れてきた石工集団「穴太衆(あのうしゅう)」が作り上げたそうだ。

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下部は勾配が緩く、上に行くに従って勾配がきつくなる独特の「扇の勾配」で「清正流」「武者返し(むしゃがえし)」などと言われている。

熊本城は明治になって、建物が次々と取り壊され、西南戦争では貴重な天守閣や本丸御殿までもが燃えたが、石垣はほとんどが残った。

熊本城が一口城主を募集

こうした被害に対し、何かしたいとお考えの方には「一口城主」になるという方法がある。

1万円以上の寄付で「一口城主」になれ、「城主証」「城主手形」がもらえる。

また天守閣に「芳名板」が掲示されるという。

詳しくは熊本城公式ホームページに掲載されている。

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