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英語か母国語か?研究発表を巡る学者たちのジレンマ

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今日、自然科学系をはじめとする論文・学会発表の多くが英語で行われているが、この趨勢を懸念する声がドイツで挙がっている。

ドイツ学術界での英語偏重

先月26日にドイツ・ジーゲン大学で行われた同大学学長ホルガー・ブルクハルト氏による講演は、「学術語としてのドイツ語」、正確にはその没落をテーマとしており、今日のドイツ語圏アカデミズムでの英語偏重による「精神の貧困化」に警鐘を鳴らすものである。

もちろん英語偏重は理由あってのこと。英語で発表された論文は世界の読者に読まれ、またしばしば評価の指標とされる被引用度(インパクトファクター)にも大きく影響することになる。ゆえに”Publish in English or perish in German”(英語で発表するかさもなくばドイツ語で破滅するか)といった警句も業界では囁かれているという。

ドイツの大学でも進む英語化

人文・社会科学では自然科学ほどではないものの、やはり国際的発信力という点でドイツ語に優る英語のメリットが認められている。その結果、ドイツ文学やドイツ史といったテーマでさえ、ドイツ人研究者による英語での公刊がいや増してゆく。

研究者を養成する大学の教育も必然的にこれに倣うことになる。今日ドイツの大学ではドイツ人学生が大部を占める授業であれ英語で開講されえ、英文学や心理学、化学や工学といった専攻で、目下1000に及ぶ国内の課程が英語で履修可能という。

グローバル化に立ち向かう多言語主義

哲学者でもあるブルクハルト氏の主張はこの風潮に抗し、ドイツ語圏での学会はあくまでドイツ語で催されるべきというもの。だがそれはかつて国際学術語であったドイツ語の権威を復興せんとするものではなく、多言語主義の促進、つまりあらゆる言語にそれ自身の権利を保障すべしとする見解である。

日本でも目下「グローバル化」の名のもとで、国際競争力を高めるべく高等教育・研究機関の英語化が推し進められつつある。一方でそれに伴いかねぬ日本語の衰退、日本文化の魅力喪失を危惧する声も挙がる。

肝心なのは、同じような問題意識がこうして他国でも見られることだ。自国語の危機を憂う様々な国の人々が相互理解を深め連携してゆけば、私たちが直面しつつある問題への対決もより実りあるものとなるだろう。

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