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第一次世界大戦期の反ドイツ語熱と、英語帝国主義の勃興

123RF

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記事『英語か母国語か?研究発表を巡る学者たちのジレンマ』で紹介したように、今日学術論文の多くが執筆者の母語を問わず英語で書かれ発表される。だがこうした状況はどのような経緯から生じたのか?

20世紀初頭のドイツ語優位を崩した第一次大戦

20世紀の初めには、学術界に「一つの共通言語」というものはなかった。優位を占めていたのはフランス語、ドイツ語、英語。中でも前世紀よりドイツ語圏が学問をリードしていたことから、ドイツ語の存在感は抜きん出ていた。

「ですから20世紀に起こったのは英語の勃興のというよりは、学術界のホープであったドイツ語が凋落していくストーリーといったほうがよいでしょう」と、プリンストン大学の科学史家マイケル・ゴーディン教授はBBCのインタビューで述べる。

そこで連想されるのは、まず第二次世界大戦での状況だろう。ナチスドイツの迫害によりドイツやオーストリアからアインシュタインら多くのユダヤ系知識人が亡命し、英語圏に渡った。しかし言語間のパワーバランスを崩す最初の決定的な一撃を加えたのは、今から約100年前、1914年に勃発した第一次世界大戦だった、とゴーディン氏は指摘する。

敗戦国の言語が被った学会での排斥

1918年の大戦終結後、ドイツとオーストリアは敗戦国となり、海外植民地も失う。ドイツ語国家の政治的失墜は、学術界でのドイツ語の権威失墜をも招く。戦勝国ベルギー、フランス、イギリスの科学者による主導でドイツ・オーストリアの科学者排斥運動が起きたのだ。

敗戦国の言語ドイツ語と、戦勝国の言語である英語・フランス語が分たれ、ドイツ語は学会からも学術誌からも締め出された。そして化学分野などで新設された国際学会でも、ドイツ語はそれまでの比類ない貢献度にもかかわらず、公用語と認められなかった。

アメリカのアンチドイツ語法が準備した英語の世界覇権

もう一つ、第一次大戦がドイツ語にもたらした深甚な影響がある。1917年にアメリカが参戦するや、国内各州で「アンチドイツ語」運動が沸き起こったのだ。ちなみに当時のアメリカでは、オハイオやウィスコンシン、ミソネタといった地域でドイツ語も未だ日常語として話されていた。

23の州でドイツ語の使用を禁じる法が出来た。ドイツ語を公共の場で話すこと、ラジオで用いること、10歳以下の子どもに教えることなどが、有罪と宣される。このようなアンチドイツ語法は州最高裁判所により1923年に撤廃される。が、そうした状況が数年続いたことに違いはない。

ゴーディン氏はこれを、単にドイツおよびドイツ語に対する反感のみならず、アメリカでの英語以外の外国語排斥感情の勃興と見る。実際アンチドイツ語法撤廃後も、外国語学習熱そのものが影をひそめ、アメリカは英語による孤立主義に至る。これにアメリカの学問における興隆が加わり、今日の英語による世界覇権を準備したというわけだ。

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Text by 宮城保之

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