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石垣島ラー油を作る辺銀夫妻に聞く生き方 国際結婚、移住、帰化、起業、社会現象、高齢出産の波乱万丈すぎる人生!

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こんにちは、テッペートダです。

前編では「辺銀食堂の石垣島ラー油」の辺銀(ぺんぎん)さんご夫妻の働き方についてお聞きしましたが、後編は生き方についておおくりします。

時代が一回りし、お金だけを稼げば幸せになれる時代は終わったように私は感じます。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査による新入社員意識調査アンケートによると、2017年の新入社員は企業に「給料が増える」ことよりも「残業がない・休日が増える」ことを求めており、自分の時間や生き方を大切にしたいという傾向があるようです。

何の仕事をして、パートナーや友人を含めて誰と付き合って、どこに住むかによって人生は大きく変わると私テッペートダは考えています。

できれば美味しいものも食べたいし、いい音楽も聴いて、好きな服も着たい…もちろん私のような人間ばかりとは思いませんが、生活や自分の時間をどう過ごすかに重きを置いている人は確実に増えているように感じられます。

今回は約20年前に結婚して石垣島に移住し起業を行い、ライフスタイルや働き方にこだわった人生を楽しんでいる、食べるラー油ブームの火付け役、辺銀愛理、暁峰(ぎょうほう)さんご夫妻後に波乱万丈すぎる人生や考えに迫りました。

中国でのありえない出会い!?

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テッペートダ

まずはお二人の出会いから教えてください。

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あいり

私は昔リクルートの媒体で働いていたんだけど、リクルート事件後その媒体を辞めて、30歳手前で仕事で中国に行っていたのよ。

 

暁峰は当時、映画監督のチャン・イーモウのスチールカメラマンとして働いていて、映画と映画の間、撮影がない時期に日本語ができるという事で通訳のバイトを受けたわけ。

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辺銀暁峰

映画と映画の間って3ヶ月〜半年くらい空く事があったからねぇ。

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あいり

それで暁峰が私の通訳をやってくれたんだけど、彼がいろいろありえないことをやるから面白くて(笑)

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テッペートダ

ありえないことってどういったことですか?

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あいり

暁峰の通訳がものすごくラフで、故宮博物館に展示してある歴史的な美術品を「えぇっと、古いもんです」とか言ってて、度々驚くことが多かったの。

 

あと接待の席でもてなす側の通訳なのに誰よりも先に酔っ払って寝ちゃったりとか…ありえないことが毎日起こってスッゴク楽しかったのよ〜。

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辺銀暁峰

今だから言えるんですけど、通訳はあまり自信無かったね(笑)でも、愛理と会えたからよかったよ。

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あいり

でも、いいこともたくさんあって、付き合う前にある仕事の用事でホテルで待ち合わせていたの。当時は携帯電話なんかない時代だから「遅れる」って連絡も取れなかったのね。

 

それでもこの方は17時間も待っていてくれて「あ〜!ホント無事で良かったです」と満面の笑みで迎えてくれたこと、スタッフ一同感動したの。

 

この方といると、普通じゃないことがバンバン起こるから新鮮で、裏表がなさ過ぎて振り切ってて、普通の人ができることではないから、それで好きになっちゃったのかも。当時日本で付き合ってた彼氏と別れて、暁峰と付き合うことにしたのよ。

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辺銀暁峰

仕事の立場上、待つしかないというのもあったんだけどね。

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あいり

え!?そんなオチ!

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中国から日本への移住、石垣島への移住

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テッペートダ

その後暁峰さんが日本に来て何回か会ったのちに、中国から日本に暁峰さんが引っ越しをされて、日本の出版社でカメラマンとして働くことになるんですよね。その後一緒に暮らし始めたと何かで見ましたが。

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あいり

そう!東京で一緒に住んでいた新婚当時、暁峰の勤めていた出版社がいきなり倒産しちゃって、「じゃ、ちょっと長い休みと思って沖縄にでも行くかー」って行ったら気に入っちゃって住むことになったの!

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テッペートダ

!?普通は旅行に行っても、いくら気に入ったからといってなかなか2人で移住しようとはならないですよね。

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あいり

まあ確かにそうかもしれないけどね(笑)でも当時は都会の暮らしにどこか疲れていて、田舎暮らしに憧れていた部分はあったかもかもしれない。

 

あとバガス紙というサトウキビの搾かすで作る石垣島の手漉き紙が好きだったから、移住して弟子入りして勉強したいという大きな目的もあったのよ。

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辺銀暁峰

僕は島バナナが好きだったのと、島のおじいちゃんとおばあちゃんの写真が撮りたかったし(笑)

 

あと僕は中国の内陸部の西安出身だから、長い人生一度くらい海の近くに住んでもいいかなと思って、石垣島に住むことにしたわけ。

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テッペートダ

石垣島の仕事は決まっている状態で移住されたんですかね?

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あいり

ランチで行った赤瓦屋根の料亭が素敵で、そこで働けないなら移住諦めようくらい考えてたんだけど、オーナーが「大学出の給料は払えないけどそれで良いなら」って内定もらったから飛行機のチケットを購入したの。

 

バイトとバイトの間に私はバガス紙の修行して、暁峰は青パパイヤや島の野菜やフルーツを東京の知り合いのレストランへ送る仕事や趣味で写真を撮って、1年くらい住んでみようか?くらい気軽な移住でしたね。

 

一緒に住み始めた時から2人とも料理が好きすぎて、どっちが料理を作るかでケンカしてたくらいだから「小さな食堂をいつか石垣島でやれたらいいね!」とぼんやりと考えていたけど。

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テッペートダ

石垣島でラー油を作ろうとか、食堂を作ろうとか明確なビジョンがあって引っ越したわけではないのは意外でした。

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辺銀暁峰

南極とか世界中いろいろなところに2人で行ったけど、僕らは石垣島がすごく気に入ったし、食べ物や人を含めて石垣島の環境がバッチリ合ったんだと思う。島の人々が本当に優しくて、勝手に家族が増えた気分でいたよ。

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日本で唯一の名字に帰化、起業

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テッペートダ

お二人の名字の「辺銀」ですが、これは帰化をして付けた日本で唯一の名字だそうですね。

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あいり

辺銀って「ペンギン」よ!(笑)どう考えても、ふざけた名前だから役所に却下されると思ったんだけど、沖縄には辺土名(へんどな)さんとか「辺」を使った名字があるくらいだから、意外にすんなり受け入れられたみたいなの。

 

当時の話なんだけど、帰化申請はふりがなは書かなくてよかったの。それで申請が通ったってのもあるのかも〜(笑)

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辺銀暁峰

中国人のパスポートだと何かと海外旅行が不便で、愛理と2人で話した後に僕の両親の許可を取って帰化することに決めたんだ。

 

僕がカメラのライカが好きだから「雷花」って名字も出したんだけど、愛理に却下されちゃった(笑)それで愛理はふざけて言ったらしいんだけど、僕が真に受けて「辺銀」って申請書全部に書いちゃったんだよねぇ。

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あいり

私は小学校1年生の時に学芸会でペンギンの役を演じて以来、ペンギンが好きだったから。だけど、まさか暁峰が本気にして分厚い何枚もある帰化の書類に全部「辺銀」って書いちゃうと思わなかった。

 

私もノリでOKにしちゃったけど、暁峰といるとさっきも話した通りありえない面白いことが起こるの。まさか自分の名字が「ペンギン」になるとは(笑)

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辺銀暁峰

実際に僕の祖先は「西安の辺境で銀を取る仕事」をしてたんだけど、名字はノリで決めて、役所に説明をするときに名字の理由を後付けで説明したんだ。

 

沖縄では「辺」は名字に使うことがある漢字だから申請が通ったのかもしれないけど、東京だったら通らなかったかもしれないね。

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テッペートダ

とはいえ、帰化後食堂の名前に「ペンギン」と付けるぐらい気に入ってますね!

 

前編では働き方についてメインでお話を聞かせて頂いましたが、ペンギン食堂はラー油を販売したちょっと後に作った食堂ですよね。

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あいり

ラー油を作って少し売れ始めた当時、石垣島の物件の値段をたまたま見たら、お店を借りるのに月7万円くらいだったの。

 

東京だったら何倍も飲食店用の家賃は高いし、保証金で大変なことになっちゃうけど、敷金礼金ってアパート借りるみたいに借りれそうだから「やってみよう!」という感じだったのよ。

 

島に来た時になんとなく考えていたことが実現するかも?って2人とも夢中だったなぁ〜。なつかしいね。

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食堂も軌道に乗っていたけど子どものためにお休みに

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テッペートダ

ラー油も食堂も大ヒットしたタイミングで一度お店を長期間休まれていますよね?

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あいり

結婚10年目に子どもができたのを機にね。4年間も休んだの(笑)私が特殊な体質で妊娠を病気と認識してしまう抗体を持っていて、当時は琉球大学に通ったりもしていたんだけど、そういった体質でしかも41歳という高齢だったのに、波照間島に飛行機で遊びに行ったりしてて、明日で8ヶ月って日に破水しちゃって、すぐ帝王切開。

 

だから、息子の誕生日から4歳の誕生日まで、丸々4年間も食堂を一旦休業したの。でもおかげさまで、暁峰はその間売れ始めた「石垣島ラー油」の製造と発送に集中できたから良かったけど。

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テッペートダ

聞くだけでも大変さが分かる体質ですね…

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あいり

こっちに来て、なかなか子どもができなかったんだけど、あるおじいちゃんに子どものことを話したら「しかるべき人に聞いた。満月の晩にやれ〜っ! 」と励まされ、それに従ったかどうかはわかんないけど、うまくいったの。

 

東京は嫌いではないけど何かとストレスが多い環境だから、自然が多くてゆっくりしている石垣に移住したから赤ちゃんが授かったというのもあると思う。だからね、石垣島に来たことを運命的に感じるんだよね〜。

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辺銀暁峰

子どもができてうれしかったというのはもちろんなんだけど、帰化してできたできた日本で唯一の名字だから、その子孫ができた、というのは独特の感慨があるよね

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テッペートダ

自分の血が受け継がれていくという感覚は普通の家庭よりも強く持ちそうですね。

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あいり

(笑)そうかなぁ?子孫はみんな改名したくなる苗字だと思うけど(笑)ま、日本で唯一のペンギンファミリーが増えていくのは嬉しいけど!

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テッペートダ

前回のお話でもお聞きしましたが、石垣島ラー油が大ヒットしても自分たちのペースで仕事をすることを大切にされていたんですよね。

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あいり

スタッフも各々の幸せのために働いてほしいと思っているし、自分の時間を大切にしてほしいと思っているの。それをサポートするのが職場よ。

 

紆余曲折で生まれた子どもで、子どもや自分に時間を使わないといけないときは食堂を休んだの。でも、食堂を休業した4年間は、私にとってかけがえのない宝物みたいな時間を息子と夫と過ごせたと思っているの

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波乱万丈な人生を送った辺銀夫妻からのアドバイス

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テッペートダ

それでは最後に移住、仕事、結婚、についてお話をお伺いしたいと思います。私はどこに住むか、何の仕事をするか、誰といるかで大きく人生は変わると考えていまして。

 

一つずつお話をお聞かせいただけますか?

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あいり

私たちが移住したころは、”沖縄病”と言われる沖縄が好きになりすぎて憧れて住む人がいたの。

 

ただその人たちは現実とのギャップや、経済的な事情ですぐ帰ってしまったり、最悪の場合、夜逃げする人もいたらしくて、当時移住者は疑いの目で見られてたりしたのね。

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テッペートダ

移住者全員がそうではないにしろ、そういう人もいますからね。

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あいり

そういう目で見られたりもするから、最初は「郷に入りば、郷に従え」で謙虚にすることを心がけたかな。島の人のリズム、感覚を注意深く観察して。

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テッペートダ

確かにそれが良さそうです。

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あいり

謙虚なのも大切だけど、文化を知って合わせるのも大切よ。東京で贈り物をするとき「つまらないものですが」とモノを渡すのって普通だと思うんだけど、石垣でそう言って渡すと「あなたがつまらないって思う物をどうして私にくれるの?」とか言われちゃったり(笑)

 

「すごく美味しいから食べて!」ってストレートに表現しなくちゃダメなの。石垣島では。これはちょっと特殊な例だと思うけど。

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テッペートダ

さじ加減が難しいところですね。

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暁峰

住ませて頂くという感謝の気持ちを持つ、住んだ場所を好きになる、文化をリスペクトするというのも大切かな。

 

僕は石垣島のおじいちゃんやおばあちゃんの写真をたくさん撮ってたから、地元の人とおしゃべりする機会が多かったのも楽しかったし。

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あいり

石垣島で働き者で有名な人の部屋をお借りしていたので、その人にお友達を紹介してもらったり、その人の名前で信用してもらったり、といった部分も大きかったですね。

 

引っ越してからもいいご縁がたくさんあったし、私たちは旅行に来た時から石垣島ファンだったから(笑)

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テッペートダ

いろいろとありがとうございます!それでは次に仕事について大切にしてることをお聞かせください。

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あいり

私は経営するときも、自分で仕事をするときもそうなんだけど「 会社に行きたくなる仕事」をしたいし、スタッフにもそういう職場を提供したいと思っているの。

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テッペートダ

素晴らしい!

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あいり

私が小さなとき、父が酔っぱらうと「お前のために頑張っている、こんなに苦労している」と言ってきて、それが嫌だったの。

 

だから自分も家庭も犠牲にして仕事をしたくないし、してほしくない。今は本当にやりたい仕事ができて、いいスタッフ、というか仲間と働けて最高に幸せ!

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暁峰

僕は今までの人生で映画や料理なんか好きなことを仕事にすることが多かったけど、どんな仕事でも「 きれいに、丁寧に仕上げること 」を心がけているんだ。

 

料理や写真でもお客さんの気持ちを大切にしながら仕事をしたいと思っているよ。

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テッペートダ

あいりさんんとはまた違った哲学ですけど、その考えも素晴らしい!

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暁峰

いろいろな立場で仕事をしてきたからしれないけど、上や下ではなく相手の立場で考えて、体験して見方を変えて仕事をするのもいいことだと思う。

 

僕も食べることが好きだからお客さん視点で海外や他店で食べたものをペンギン食堂の料理にそれを活かしたり、接客に活かしたり。自分が料理人になってから他のお店に入っても違うものが見える。

 

だから独立を見据えているスタッフには「経営者の視点で考えたり、お客さんの視点で考えたり」と、いろいろな視点で物事を見てほしいと思ってるよ!

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テッペートダ

続いて「誰といる」という部分で今回は結婚にフォーカスしてお聞きしたいと思いますが、結婚生活を続ける上でどのようなことが大切にされていますか?

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暁峰

僕たちの場合だと国際結婚だからお互いを理解するに加えて、「文化や言葉を理解しなくてはならない」ということがある。

 

そこですれ違うこともあったんだけど、僕たちは違う国に生まれながら育った家の環境がとても近かったり、お互いが料理をどっちがするかでケンカになるほど好きで、仕事にするくらいだからそれもよかったのかもしれない。

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あいり

異国なのに同じような家庭だったのはとても良いことだったと思うわ。

 

あと彼といるとありえないことが起きて面白かったっていうのもある(笑)。

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テッペー

なるほど。良いことばかりではないかと思いますが、どのようなことに気を付けましたか?

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あいり

良いところを受け入れるのは簡単ではあるんだけど、嫌なところを受け入れるのってなかなか難しいのよ。だから好きなもの、嫌いなものをお互い100個ずつ挙げたの

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テッペートダ

100個!?

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あいり

そう!例えば私だったら牛乳を拭いた布を放置するのがいやとか、シャンプーボトルが燃やしたロウソクみたいに段々になってる液だれが嫌なの。

 

私の友達でもスゴイ性格が合ってて、10年付き合ってたカップルがいたんだけど、彼が夜に歯を磨かないことが理由で別れたらしいの。そういうこともあるからその辺はしっかりお互いの嫌なことをすり合わせておかないと、ね。

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テッペートダ

長い人生を一緒に暮らしていたらいいことだけではないですよね!今回はありがとうございました。

長編にお付き合い頂きありがとうございました。

今回ご夫妻の仕事の仕方、生き方に迫りましたが、どこまでもオリジナリティのある、素晴らしい夫婦と思いました。

突飛な人生ではあるので普通の人は参考になることは少ないかもしれませんが、何か生き方の調味料になれば幸いです。

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